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「身を乗り出して」見た舞台。これはもう「二枚看板の芝居」と言っていい――『雪まろげ』観劇記

 「私は笑えない」。

 主人公の夢子が、新聞記者で「詩人」の大悟が持っているメモにあった失恋の詩を聞いて笑う他の芸者衆の前でこぼす科白です。私はゲームでもそうですが、舞台でもその「物語」を追いかけるとき、登場人物の気持ちに没入していくタイプなので、笑っていた観客たちがこの科白で静まりかえってしまう、その間は本来愛おしくもあるものなのでしょうが、私には関係ない、という見方を自然ととってしまっていました。特に第二幕、私はほとんど笑うことなく役者さんたちの演技に見入っていました。よって、この観劇記にこの舞台の「喜劇としての良さ」が書かれていることは期待しないでください。それは他の人にしてもらえればいいと思っています。私がそんな風に、久々に「身を乗り出して」見た舞台――それが、日比谷・シアタークリエでの『雪まろげ』公演です。

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Windows 10 の Anniversary Update (バージョン 1607) はとんだ厄介者だった

 「Windows 10,バージョン 1607の機能更新プログラム」を入れろ、と言ってきたので「しょうがないなあ」と思いつつ入れてみたのですが、こいつがとんだ厄介者でした。私が2日間にわたって受けた「被害」について述べておきます。「この人柱が、アホか」と嗤うがいいです(自棄)。

(1) システムフォントがデフォルトに戻る

 せっかく「Meiryo UI も大っきらい!」(『Tatsu's life on the Web』サイトの『Tatsuミュージアム(Download)』から)で調整していたシステムフォントなのですが、すべてデフォルトの縦長フォント「游ゴシック」に戻ってしまいました。まあこれは、「Meiryo UI も大っきらい!」の最新バージョンをダウンロードして設定し直せたからいいのですが……。

(2) gdipp サービスが動いているとエクスプローラーがコケて画面が真っ黒に!

 Mac より見た目がどうしても劣る Windows。見た目を大幅に改善させるパッチ的なフリーソフトMacTypegdipp の二種類があるのですが、MacType はパッチを当てた上にiniファイルの変更も必要と動作させるまでの設定が難しく、さらに Google Chrome では設定の一部が反映されないとかで断念。で、gdipp を使っていたのですが、これがバージョン1607と相性が最悪だったようで、私の環境ではエクスプローラーがコケて画面が真っ黒になり、ほとんどの常駐プロセスも含めて立ち上がらない、というとんでもない結果となりました。仕方なく Ctrl + Alt + Delete でセキュリティ オプションを表示させ、タスクマネージャーを起動して(なぜかセキュリティ オプションからのタスクマネージャーだけは表示される)泣く泣く gdipp 関連のサービスを停止(自動スタート指定していたためシャットダウン後の起動で再発、最終的には無効化……涙)してやっとどうにかなりました。結果、残念ながら一部アプリ(特に某巨大掲示板群用のヤツ)で表示がダメダメに。まあ、以前から gdipp を動かしていると某アプリ(具体名をあげると素性がバレる心配があるため出しません)である種の変形文字が正しく表示されないという不具合もあったので、これはやむを得なかったのだ、とあきらめることにします……。

(3) おまけに一部アプリで文字化け発生

 これは (1) でシステムフォントを変更していたせいもあるのかも知れないのですが、Google ChromeOpera (まだ使ってるのかよ、というツッコミはなしで)のメニュー項目やアドレスバーにて文字化けが発生しました。Google Chrome は最新バージョンが来ていた(ただし自動更新はコケ、結局最新インストーラーを手動ダウンロード)ので適用したところ問題解決したのですが、Opera のほうがどうにも治らず、Web 検索して見つけた『SODiCOM - Google Chromeの日本語表示が豆腐化(文字化け)した時の対処法』なるページにあった「プログラム実行時のパラメーターに "--disable-directwrite-for-ui" とオプションをつける」という方法でようやく難を逃れました(ちなみに私のマシンで起きた文字化けは「豆腐化」ではなく「罫線文字などに化ける」というものでした)。少なくとも次のバージョンが来るまではこのままで実行するしかなさげですね……。

 ……ということで、くれぐれも適用は慎重に。ダウンロード中や適用中のエラー(CRITICAL_PROCESS_DIEDなど)、導入後の一部アプリでの不具合も事例報告されていますし、特にインストールのタイミングが選べる Professional とか Ultimate バージョンの方はもう少し安定するまで待つのが吉かと。

「女性や社会的弱者への支援」はいまこそ必要、という声が聞こえてくるような――青年劇場「真珠の首飾り」観劇記

 舞台を見たのは9月の19日。もう一ヶ月半も経ってしまっていて、遅きに失した感もあるのですが……今回は、私の立ち位置の話も交えて、語ってみたいと思います。

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サイボウズさんのライフスタイルムービーの「意図」があまりにも「誤解」されすぎている件について。

 最初にお詫びとお断りです。申し訳ありません。もちろん煽りタイトルです。ただ、ネット上の「大きな声」を眺めている限り、そうとしか思えない状況なので。あと、私にとって「イクメン」という言葉は、かつてブックマークでも触れた通り、「世の中を変えていくための「記号」でしかない、という認識」である、ということを頭の片隅において、この記事をお読みいただけますとありがたく。

 サイボウズさんのライフスタイルムービー、第一弾の「大丈夫」は結構歓迎されていたように思うのですが、第二弾の「パパにしかできないこと。」はコテンパンに叩かれていますよね。でも、私はあのムービーを叩くどころか、「よく言ってくれた!」と思ってすらいるのです。その辺りを、昨日勢いに任せてツイートしたもののtypo修正と、話を理解していただきやすくするための追記を加えて、書き記してみます。ああ、もちろん、「こんなヤツ男の風上にも置けない!」とか「えっ? こんな人が父親の育児応援サイトの管理人! ふざけるな!」という批難は甘んじてお受けいたします。ただし個別のお返事は差し上げることができませんが。とりあえず、そんなあなたが不快な記事を読まなくても済むように、ここに「続きを読む」を入れておきますね。

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すべてをテレビジョンのフレームの中に押し込みたい――青年劇場企画「相貌」観劇記

 そろそろ公演も終わったと思うので、公開します(私は12/16夜の部を観賞)。

 青年劇場・スタジオ結企画第5回公演「相貌(そうぼう)」を見てきました。今回は、ちょっと残念な感想です。

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 80席ぐらいしかない小さなスペース(基本的には劇団の稽古場を小劇場に改造したもの)で、そのスペースをめいっぱい有効に活用しつつ、正味2時間半の濃密な劇が繰り広げられるわけですが、いかんせん見る側が「消化不良」を起こしてしまいかねない構成でした。

 ひとつのテーマとじっくり向き合うことがふさわしい演劇の舞台。今回はいまの世相を十分に織り込みつつ、《「狂気の政治」がどのようにして成り立っていくのか》を描いていくのですが、本来「時間をかけてじわじわと醸成されていく」はずのテーマにはそぐわないほどにジェットコースタードラマ的な展開と、日本人にはなじみの薄い「移民」問題を横糸に選んでしまったこともあってさあ大変。しかも写真にある通り、第一部が1時間45分と長く、そこにこの舞台が訴えかける問題点がすべて盛り込まれてくるので、どこがどう問題なのかを把握しきれないか、もしくは把握できても整理する暇などなく、ドラマが展開されます。こうして時間が経ってから観劇記を書いているのも、「自分なりの論点整理」が必要だったから、と言い訳しておきます。なお、私も「移民」問題には詳しくないので、劇の中で触れられた問題点についてはある程度咀嚼できたつもりですが、それでも「あるべき方向性」に関して述べる資格などありません。どなたか補充してくださると嬉しいのですが。

 劇中、室内数カ所に設けられたテレビを模したフレームを通して、テレビニュースが次々と流れてきます。それらは最初のうちは事実のみを淡々と述べていくのですが、やがて討論番組になったとき、テレビ局はその「牙」を先鋭化させます。「熟議」によって出したある問題への対処方法が「某政党側にとって都合が良かった」ことから討論番組に引っ張り出された、いろいろな立ち位置を持つ女性七人衆。「女性の活躍」にもピッタリですし、「女性がこういう意見を述べているのだから、まさか目に見えて反対する男性もいないだろう」という「裏にある意図」も見え透いているのですが、いくつか出る「某政党の政策に対する反対意見」もいつしかかき消され、最後には「国民の党」なる一政党の宣伝の場と化し、そして七人衆は「国民の党」に「拉致」されてしまいます。そして、「政策発表会」で「お人形」にされた七人衆の一人がとうとうその感情を「爆発」させるところまで(その先ももう少しあったような気がしますが)が第一部。第二部は、「移民」問題の根本を突こうとした(でも第一部での論点整理ができていない人にはたぶんその根本は伝わらなかったであろう)ドラマの続きと、「熟議」がズタズタにしてしまった七人のそれぞれの心境やその背景にある事実の暴露とが続いていきます。

 最後、おそらく、控え室から出ていった七人衆は、ある一人を除いて(ひょっとしてそのある一人も、かも知れない)は、結果として「国民の党」側の立場を崩さずに「熟議」の場に臨むことになるのでしょう。それが想像できるからこその「狂気の恐ろしさ」を、いったいどれだけの人が「共有」できるのか。じわじわと迫り来るものがなかっただけに、そこがとても残念な気がしました。

 この「劇」に再び日の目を見る機会があるとするならば、「30分もの」の連続テレビドラマ(7-8回ぐらいに分割されることになるでしょうか……1クールまで伸ばせるかは微妙ですね)として見たいと思います。「一回30分」にするのは、視聴者自らによる「論点整理」を助けるためと、「狂気」がじわじわとやってくることを「実感」させるために。この劇の構成は、テレビドラマのフレームに実によく合います。そのジェットコースターな展開も、テレビのフレームをめいっぱい有効に使うその舞台装置も、そして、劇中に「論点整理」を助ける基礎知識共有のための映像をインサートできることも。そして、狂気というものが、最初は「そんなの心配することないじゃんw」と嗤われてしまうようなごく小さな気配からスタートして、ゆっくりじわじわと垂れこめていき、やがて突然目の前が真っ暗になる事実として提示されることも。この劇のすべてが、テレビジョンのフレームという「仮想現実」の枠に収まって我々の眼前に顕れるとき、その問題があたかも「仮想現実」ではなく「ほんものの現実」であるかのように、我々には見えてくるのではないか、そう思えるのです。そしてもうひとつ、「WYSIWYG (What You See Is What You Get) 」という活動名が、「あなたは、あなたに見えている範囲からしかものごとを判断できない」という「裏の意味」を持つことも、もっとはっきりさせられると思うのです。

 演技面では、主役の伊藤かおるさんの熱演が光ったほか、高安美子さん、白木匡子さんの演技が印象に残りました。そして、最近の青年劇場は若い男優の好演が続いています。前作の安田遼平さんに続き、今作も横矢翔剛さんが。若い世代が、いい意味で劇団員に刺激を与え続けることは、劇団そのものの活性化に繋がり、さらに興味深く印象に残る舞台を見せてくれることへの期待が高まります。来年の青年劇場にも、大いに期待したいと思います。