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「事実」と「真実」との間にあるものを抉り、問題点を際立たせる――「風刺」の効かせ方について考える

 きょうは、「いずみの」さんこと「泉信行」氏からネタを振られたような気がするので、少し、いやとっても硬い記事になりますが、一筆したためてみようかと。「風刺」というもののあり方について、です。


 まずは、きっかけになった「いずみの」さんこと「泉信行」氏の連ツイートと、それに関する私の所感、さらにそれを踏まえてのいずみのさんのツイートを引用しておきます。

 きっかけになった「いずみの」さんこと「泉信行」氏の連ツイート。この前に、「虚構新聞社社主UK氏の深夜のつぶやき - togetter」というツイートまとめへの「批判」ツイートのリツイート(https://twitter.com/lastline/status/414261138683998209)があるのですが、ここには載せないでおきます。各自リンクをたどってご参照を。

 それに対する私の所感。

 さらにそれを踏まえてのいずみのさんのツイート。

 以上がきっかけなのですが、まず最初に私の意見を書いておきます。虚構新聞さんの記事については、「風刺」として成立しているもの、成立させようとして違う意味で成立してしまったもの、単なる「悪乗り」になってしまっているもの、の三つに分類できるが、「風刺」として成立させようとしたものに関しては、そのままのスタンスでぜひ続けていってほしい、と思うものです。第三の視点については、文中で少しでも明らかできればいいなあ……(努力目標)。


 ……そんなUK氏を落ち込ませているのが、なんといっても「日本ユニセフ協会からの強い要請による記事削除」事件でしょう。まだ75日までは経過していませんが、忘れてしまった方のために魚拓にリンクしておきましょう……と思ったのですが、ウェブ魚拓がメンテナンス延長中のため、この事件とそれに対する批判のズレている点についてものすごく手間をかけて分析しているブログ記事をご紹介しておきます(ぐぐる先生、ご紹介ありがとうございます。そして、こういう「所与のはずの(定義)内容」についてあらためてわかりやすく解説するのって、ものすごく大変なことなんですよ……ブログ作者さまのお骨折りに強く感謝の意を表します)。

【必読】「虚構新聞を批判する人々は2パターンに分類できることがわかった【ユニセフ記事の魚拓あり】」 - 大彗星ショッカーのヒマつぶし2

 私の方でもう少しだけ補足しておくと、「風刺」というものは、漫画では絵とセリフ両面からのサポートがあるため、どの部分(コマ)がそれなのかが比較的わかりやすいのですが、これが文章でということになると、「ネタ」の中にさりげなく含めるかたちで行われるので、書いた人の「意図」を正しく読み取る力、すなわちさきほどのブログ記事でも強調されていた「読解力」が必要になるんですね。このブログ記事は、「ネタ」の中にある「風刺」が具体的にどこなのかを明らかにした上で、「ネタ」を「風刺」と読んだり、「風刺」を「ネタ」と読んだりした人の具体的な論述にメスを入れる、というとても丁寧な解説をされています。……ここまでが「事実」の把握、としましょうか。


 ここからが本当の意味での「課題」への私なりの回答になります。長いので注意。

 さて、日本ユニセフ協会さんは、某大使を対象としたUK氏による「風刺」を直接の原因として、虚構新聞社への記事削除要請を行ったのでしょうか? 大のおとなが多数いる組織が、たったひとりで、しかも単にウェブサイト上だけで細々と運営している「虚構メディア」に対して、なぜ「削除要請」などという、それこそ「大人げない」措置に出なければならなかったのでしょうか? 私は、そこに日本ユニセフ協会において、一般化されてはまずい「真実」があったからなのではないか、と思うのです。

 国連の中の一組織であるUNICEFは、各加盟国に置かれる組織(国内委員会)に対し、集められた募金額のうち25%までについては、組織の運営経費として使うことを許してします。日本ユニセフ協会も、その規定に基づき、募金総額の25%に満たない部分を「経費」計上してきました。そこまではいいとしましょう。しかしながら、「当(東日本大震災)緊急支援に必要な資金を上回るご協力をいただいた場合(被災者の皆さまへの支援が行き届き、ユニセフ日本ユニセフ協会が提供できる内容の支援が被災地では必要ないと判断される場合)、ユニセフが実施する他国・地域での紛争・自然災害などによる緊急・復興支援に活用させていただくことがありますので、ご了承願います」と明らかにした(Wayback Machineによるアーカイブを参照:当該文書は「上書き」されているため)ことにより、日本ユニセフ協会は真正面から多くの批判を浴びる結果となりました(現在は、「当協会でお預かりした東日本大震災緊急募金は、全額、子どもたちを中心とする被災者の方々への支援に活用させていただきます。」と謳われている)。これらの批判があったために、日本ユニセフ協会はいま現在、資金使途の「透明性」についての報道には相当以上に注意を払っているのではないか、と思われます。その状況において「茶化し」=「ネタ」としての「透明化」記事が掲載された。これはまずい! となったこと請け合い……という推測なら容易に行うことができます。

 なんということでしょう! 以上から導かれる「真実」は、《「ネタ」であった部分に過敏に相手方が反応してしまったのではないか》、ということになります。ぶっちゃけ、この「勝負」は(私の判定では)虚構新聞社の一人勝ちなのですが、ただ虚構新聞社にとっても削除依頼があった時点で「風刺」部分ではなく「ネタ」部分が削除理由とされた可能性があるため「喜べる勝ち方」ではなかった。ゆえに、「問題を明らかにするために」削除措置に応じた上で、見解の説明を兼ねて報告記事をアップする、という対応になったものと思われます。


 以上、「事実」と「真実」の洗い出しをした結果として、この記事では、もともとの狙いとは違う「ネタ」部分が実は「真実」に迫っていた、ということになってしまいました。「風刺にリスクがある」ということのひとつの典型例だったわけで、正直なところ、ものすごく不幸な結論です。本来なら、「事実」をもとにして「風刺」として抉った部分から「真実」を見せる、そして隠された問題点を際立たせる、という流れになって欲しい(これこそが「風刺」としての「あるべき姿」)。そして、「虚構新聞」にはそれが立派に出来ている記事もあるのです(例えば、この記事などはその典型ですよね、もうどこにも「ネタ」はなく全編全力での風刺)。だから、これからも全力で頑張っていって欲しい。たまには今回挙げた例のようにある意味「ハズレ」になる場合があっても、それにめげることなく。……いまそういう姿勢を表明することが、「風刺」文化の灯火を消さないために最低限必要なことなのではないか、私はそう思うのです。


 それで、「第三の視点」はどうしたって? 文章での「風刺」については、どこが「風刺」なのかを読み手の側にはっきりわからせるための「作り手側からの配慮」がより強く求められている、ということになるんでしょうね。作り手としては自由度がその分失われて「面白くない」んですが。


 ……以上、真面目になりすぎ、予定していた二次元系の話をまったく挿入できなかったため、HatenaBlogへの投稿となりました。私の書いた「風刺」や、関連する二次元系のお話については、のちほど「otak.ayan part2」(ここからはリンクしません)に投げる予定です。