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大島憲法の話がメインじゃなかったんですかぁー! でも、もっと大きなテーマがそこに ―― 青年劇場「みすてられた島」鑑賞記

 あの人たちを、あんなに一生懸命で優しい人たちを、一人たりとも見捨ててなるものか!(takayan、こころの叫び)

  最初にお断りしておきます。タイトルはある意味釣りですが、テレビではそう報道されているようなので、勘違いされないように、という意味もあります。

 青年劇場さんの創立50周年記念公演・第三弾「みすてられた島」の初回を紀伊國屋サザンシアターで観てきました。作・演出の中津留章仁氏は、ご自身が主宰の劇団「トラッシュマスターズ」では休憩を挟まない長い劇の上演で有名なようですが、今回は休憩をはさんで2時間50分ほどのお芝居です。青年劇場さんには「普天間」という初演時は4時間近い長さ3時間だった作品がありますので、そこまで長くなくて高年齢層にも低年齢層にも少し優しい上映時間と言えましょう。以下、できる限りネタバレが少ないように注意して書いていきますが、どうしても触れざるを得ない点もありますので、そのあたりをご容赦いただける方のみ、「続きを読む」以下をどうぞ。

 

  それでは本題にはいります。舞台装置は築数十年ものと見受けられる民家一軒。最初から最後まで、この古民家を舞台に物語が綴られます。でも、時代的には「近未来」のとある島、という設定。そこには大型の冷凍冷蔵庫があり、主要人物は携帯電話を持ち……という古民家とは一見ミスマッチな状況があります。

 また、この作品が作られるきっかけとなった通称「大島憲法」は、第一部のかなりの部分を費やしてなされる「島憲法の討議」のベースに使われてはいるのですが、ある意味残念ながら(私はそうは思わないのですが)、島憲法の内容自体はこの芝居のメインテーマではありません。

 第一部では、それぞれの登場人物が持つさまざまな背景と、それぞれの「権利」や「自由」をめぐる話が展開されます。女性の権利拡大、水利権・漁業権、企業の原料仕入れ先の自由、島を出ることの自由とそれに関連して老親を老人ホームに入れる権利や学校選択、職業選択の自由(ただしそこには「漁師の収入の不安定さ」や「非正規雇用者のダブルワーク、しかも片方はいわゆる“夜のお仕事”」などという重い話も登場します)、意見を述べる自由、さらには恋愛(相手)の自由などというものまで。それぞれのエピソードが、「これはいかにも詰め込みすぎじゃないか」と思わせるほどに出されたところで、第一部が終わります。いわゆる「大風呂敷を広げた」状態です。

 休憩を挟んで第二部、「本土」から人を多く迎えて島を発展させよう、というテーマのもとに動いた結果として、それぞれの努力の多くが破綻へと向かうように見えたところで、ある「秘密文書」が掘り出され、それをきっかけに第一部で広げた大風呂敷が一気にたたまれていきます。見事な伏線回収劇です。どんな伏線がどのように回収されていくかは、まさにネタバレなので語りませんが、そこではじめて観客はこの物語のメインテーマに気づかされます。それは、「人がお互いを気遣い、助け合って生きていくことの大切さ」。古民家を舞台にして近未来を描くことも、このメインテーマに沿って人間が他人と接するときのあり方が「昔も今も何一つ変わらない」ということを表現するためのものであるように思います。そしてエンディング。島の独立記念日前最後の日、そこに展開される光景に、思わず涙を誘われました。

 ここまで結構重い感じに書いてしまいましたし、青年劇場さんの「社会派」演目は、ほんとうに重くなりがちなのですが、物語自体はむしろコミカルな部分を多く含んだもので、重い話を重く感じさせないための工夫が随所に見られました。《「社会派」演目の重さに抵抗がある人》(若い方に結構多いのではないでしょうか)にもおすすめできます。そして観終わったあと、「みすてられた島」というタイトルが意味するものは何か、そのことがあらためて観た者たちに対して突きつけられます。そして、私はこう理解しました。

「あなたは、みすてられた島国の民として生きていくことを許せますか? そうでないとしたら、どう考え、動くべきなのでしょうか?」

 

P.S.-1 「ゆかりっていうの、いい名前ねえ。お姫様みたい」このネタもとがわかった人が、あの(ご年配層が明らかに目立った)観客の中に、どの程度いたんでしょうかねえ(苦笑)。

P.S.-2 観客に咳をする人が多かったのがものすごく気になりました。重要なセリフが聞き取れなかった場面もあり、正直悔しい思いをしました。皆さんがご覧になる回がそうでないことを祈ります。